ブログ六本木店

2017.4.5

ひな祭りのお話

ひな祭りは、みなさまもよくご存知の通りひな人形を飾ってちらし寿司を食べて、女の子の成長をお祝いする日ですよね。ひな祭りの始まりは、平安時代にまでさかのぼるほど歴史が長い風習です。

本日は、ひなまつりについて少々お話しさせていただきたいと思います。

ひなまつりとは

ひな祭り
みなさまご存知の方も多いと思いますが、今回は改めましてひなまつりについてお話しさせていただきたいと思います。
冒頭でも触れたように、ひなまつりは日本において、女の子のすこやかな成長を祈る節句の年中行事で、雛人形を飾ったり雛あられや菱餅を供え、ちらし寿司などを楽しむ節句祭りですよね。

ひなまつりの歴史

ひなまつりがいつ頃から始まったのかというと様々な説がありますが、平安時代に平安貴族の子供がひな人形の原型となるもので遊んでいたという記録があります。初めの頃は儀式ではなく遊びであり、紙で作った人形である「流し雛」を「上巳の節句」として川へ流すということが行われていたようです。そのころの雛人形には、災厄よけの守り雛という意味を持っていました。

江戸時代になると、女子の「人形遊び」と節物の「節句の儀式」と結びつき、これが全国に広まりました。そして、次第にひな人形が飾られるようになり、3月の節句の祓に雛祭りが行われるようになりました。

江戸時代初期には、立った形の「立雛」や、座った形の「坐り雛」が作られていました。
これらは男女一対の内裏雛を飾るだけの物であったそうですが、飾り物としての古の形式と、「一生の災厄をこの人形に身代りさせる」という祭礼的意味合いが強くなったため、身分の高い女性の嫁入り道具のひとつに数えられるようにもなったとされています。
そういったことから、ひな人形は華美で贅沢なものになっていき、立派なものへと発展していったようです。

 

ひなまつりはなぜ祝日ではないのか

ひな祭り
現在行われるひなまつりは、女の子が健やかに成長するようにと家族みんなでお祝いするイメージですよね。
「祝日になってもいいのではないか」とも思えますが、祝日にはならないきちんとした理由がありました。

祝日制定にあたって、3月3日の案や、新年度の4月1日の案も出ていたそうですが、最終的には5月5日の端午の節句を祝日とする案が採用されたのです。その理由は、北海道や東北などといった寒冷で気候の悪い地域の多い時期を避け、全国的に温暖な時期だとされる5月にしたのだそうです。

 

ひな人形

ひなまつりと言うと、「ひな人形」は欠かせませんよね。
ひな人形は元々、「上巳の節句」の際に、草や藁で作った人形でした。先ほども触れたように、体を撫で、穢れを移したものを川に流すことで厄払いとされていた行事と、貴族の女の子たちが遊んでいた紙の人形のおままごと遊びである「ひいな遊び」が合わさって生まれたものだとされています。
「ひいな」には、小さくてかわいらしいものという意味がある他にも、大きいものを小さくするといった意味もあったことから、いつしか人形は「流し雛」と呼ばれるようになっていくのです。この流し雛の風習は、現在でも鳥取県などで行われています。

 

このように、ひなまつりには様々な願いが込められていると同時に、長い歴史がある行事なのです。
女の子には欠かせないお祝い事ですので、家族みんなでお祝いしたいものです。

 

当店ではすき焼き、しゃぶしゃぶはもちろんのこと様々な新鮮な食材を使った料理を多数ご用意しております。お祝い事などの際には是非当店をご利用くださいませ。

 

皆様のご来店心よりお待ちしております。

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